つくし日記 ~日々の暮らしと翻訳と~

書くこと、歩くこと、自然を愛でることが好き。翻訳の仕事をしています。

8回目の記念日

もうずいぶんと前の話になるが、私たち夫婦が結婚することを決めたとき、夫の元上司がお祝いにと食事をごちそうしてくださった。そのときに行ったレストランの料理がとてもおいしく見た目も美しくて忘れられなかった。ふだんおしゃれなお店でそういうものを食べることに慣れていない私にとって、味も見た目もこんなに美しい料理をいただいたのは30代後半(当時)にして初めてというほどに。

もう一度あのお店に行きたい。

その夢がついに実現した。

(私たち庶民にとっては)高級な部類に入るお店だから、特別な日である結婚記念日に合わせて行くことに。確認したところアニバーサリーランチという設定もあるようだったので、そのメニューで予約を入れた。

まずは「ありがとう」を言い合って、オレンジジュースで乾杯。

普段夫との外食と言えば、超庶民的でお値打ちな定食屋さんばかりだし、おしゃれなレストランという設定に慣れていないせいで、夫とふたりの食事であるにもかかわらず私はとても緊張していた(緊張のあまり、最初、ありがとうではなくまちがえて「おつかれさま」と言ってしまった)。

テーブルにはナイフとフォーク、さらにスプーンがずらりと並べられており、お水さえもワイングラスに注がれる方式。ナイフフォーク、うまく使えるだろうか(結局、最低限のマナーを守りつつ自分の食べやすい方法で頂いた)。

イタリア料理のレストランで、前菜、パスタ、メイン(お魚を選択)とともにパンが提供された。どれも美しく、これまでに味わったことのない風味が口に広がる。無地のお皿に絵を描くように添えられたソースは、マッシュルームやゴルゴンゾーラチーズ、ごぼうなども使用されており、少量でも実に深い味わい。

締めくくりには、スペシャルデザートとともに、スタッフの方から「おめでとうございます」のことばまで頂いてしまった。

「Thank you」は、予約のときに私が考えて(ほかに思いつかなくて)「Thank youでいっか?」と夫に伝えて同意をもらったのだが、夫はそのことを忘れていたらしく、ちょっとしたサプライズになった。

味わい深いチョコレートの中は、フランボワーズとチョコのムース。私は、ムースというものをこれまであまり食べる機会もなく得意ではないと思っていたのだが、このムースは果実のみずみずしい味わいとチョコのやさしい甘さが合わさり、なめらかで感動するおいしさだった。

結婚8周年を迎えた。

いまここで穏やかな気持ちで夫と一緒に食事を楽しんでいることを奇跡だと思った。

強迫症強迫性障害)が最もひどかったころ、私は毎日のように強迫で自分がコントロール不能なことに対する怒りと恐怖で夜中まで泣き叫び、夫をこれでもかというほど巻き込み、夫婦で絶望のなかにいた。そのうちに夫もおかしくなり(以前に患っていたうつ病を再発+夫自身の昔からの強迫症も悪化)、ふたりでいつどうにかなってもおかしくないところまで行った。

それでも夫は毎日、どうしようもなくめちゃくちゃな私のいるこの家に帰ってきてくれた。私があまりにもひどすぎて、さすがに、きょうこそ夫は帰ってこないだろう、そうなったら私も生きていけないといつも考えていた。

2ヵ月入院し、退院後、私の調子は上向いていたが、夫の調子は思わしくなく、逆に悪い方向へと進んでいった。もともとよくしゃべりとても面白い人で、いつも面白いことを言っては私を笑わせてくれて、家庭内の雰囲気は明るかった。それなのに、夫は笑わなくなり、一切面白いことを言わなくなり、急にわけもわからず泣き出すようになった。以前の夫は消えてしまった。私が夫を変えてしまったのだ。

それから1年と少し経つが、まだ元の夫は帰ってこない。ただ、少しずつ改善の方向には向かっており、以前の夫がちらりを顔を見せることも本当にちょっとずつだが出始めている。

本当に、いまでも私と一緒にいてくれることに感謝の気持ちしかない。

夫に改めてそれを伝えた。すると、来年もまたどこかでお祝いしようねと返ってくる。

夫とふたりで、また少しずつ歩いていこうと思う。

(夫の病気をここに書くことについては、夫の許可を得ています。)