つくし日記 ~日々の暮らしと翻訳と~

書くこと、歩くこと、自然を愛でることが好き。翻訳の仕事をしています。

『アンソーシャル ディスタンス』

2020年に新型コロナウイルス感染症の流行が始まってから「social distance(ソーシャル ディスタンス)」という言葉が生まれた。

翻訳の仕事でもコロナ関連のものを訳す機会が徐々に増えていった。私は主に医学・薬学関連の分野に対応しており、例えば、新型コロナに関する論文、新型コロナQ&A、治験の休止や注意事項の通知、社内での対応などさまざまなものを英語から日本語に訳した。

「social distance」。いまでこそ「ソーシャル ディスタンス」と言えば、多くの人は「ああ、あのことね」と想像がつくだろう。けれど、当初はそれをどう訳すべきか悩ましかった。「social=社会的な」、「distance=距離」と単語それぞれの意味を日本語に単に置き換えて「社会的距離」としても何のことやらさっぱりわからない。文章に合わせて、その都度、わかるように説明(「感染防止のために人と人とのあいだに十分な距離を置くこと」など)を加えるなどしていた記憶があるが、言葉が定着するまでにはある程度時間がかかるし、緊急事態での対策として人々が共通の認識を持つ必要がある言葉であっため、特に緊張して訳していた覚えがある。

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ、新潮社)は2021年5月に出版された本だ。

それからもう2年半以上が経過しているが、以前から気になっていたので図書館で借りてみた。
5編が収められているが、最初の「ストロングゼロ」を読み終えた私は、あまりの衝撃にもうだめだと思った。無理。苦しすぎてもう読めん。無理。

そのあと本を開くことなく返却期限を迎えた。

図書館に行き、ほかの本と一緒に「かえすところ」へ持っていく。

「この本、延長できますか」。

なぜか私は、『アンソーシャル ディスタンス』をゆびさしながらそう言っていた。

 

思い切って2編目、3編目と読み進めていく。1編目を読んでもうだめだ、と思っていたはずなのに、何か強烈に引きつけられて先に進まずにはいられない。結局最後まで読んでしまった。

過度な依存に支配され極限まで追い詰められていく人たちの姿が圧倒的な筆力で描かれており、ぞっとさせられもうこれ以上見たくない、無理、と思う一方、なぜか救われていることに気づく。なんだろう、これは。

おそらく、自分も、ともすればあと一歩のところでそのような状況に陥りかねないとどこかで恐怖や絶望を抱えながら生きているからなのではないかと思う。コロナ禍でウイルスを恐れ恋人との距離を置く様子を描いた「テクノブレイク」では、主人公がウイルスを恐れる言葉がまるで自分が話しているかのように聞こえてしかたがなかった。

金原ひとみさんの本はこれが初めて。

もっと早く読んでみればよかったと思う。